なにわのみや発見マップ

大化の改新の舞台ともなった都の跡地であり、大阪城を目前にした難波宮跡公園内にある『なノにわ』のある周辺は、
現在も文化、食、芸術を日本や世界へ発信する作家や職人、芸術家が集まる街でもあります。
この地域を拠点に活躍する素晴らしい「街の人」の話から、難波宮周辺の魅力を再発見してください。
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700年続く伝統芸能の
発展に尽力し続ける
能楽師シテ方で
大阪初となる人間国宝。

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大槻能楽堂

理事長大槻 文藏さん

1942年生大阪府出身、能楽師シテ方観世流。1947年に「鞍馬天狗」で初舞台を踏む。2016年重要無形文化財保持者(各個)、2018年文化功労者に選出される。自主公演で能の魅力を探るシリーズなどを開催。解説や対談、能の面白さをわかりやすく伝える活動も積極的に行なっている。
  • Photo : わたなべよしこ
  • Edit & Text : 長瀬 緑
東京、名古屋などと月の大半は、全国を飛び回る大槻文藏さん。大槻能楽堂でも毎月必ず自主公演をされている。
新たな演目にも挑戦し続け、
幅広い世代から注目を浴びる

1935年、祖父・大槻十三さんによって現在の地に創立された[大槻能楽堂]。大槻文藏さんは、生まれも育ちもこの難波宮すぐ側の上町台地。2016年には大阪のシテ方として初めて、重要無形文化財保持者(各個)つまり人間国宝に選出されました。現在82歳になる大槻さんは、上町を拠点としながらも全国でも公演を行い、新作能も積極的に発表されています。
「演劇ですからね、新作があって当たり前なんですよ。能は700年の歴史の中で2000曲くらい作られています。新作ができては、面白いものは残ってそうでないものは淘汰されて……現在は現行曲が250曲くらい。室町時代に繁栄した能は、江戸時代には幕府の式楽(宮廷音楽)として統制され、明治維新以降にも一時衰退した時期を経て、昭和に入って復興しました。今では盛んに新作もできていますよ」。
大槻さんは、2022年より新作能『鬼滅の刃』の監修も手掛けました。演出・謡本補綴を野村萬斎さん、主演は後継者の大槻裕一さんが勤め、大槻さん自身も出演した公演はチケットが即完し、連日超満員の大ヒット。以降も毎年、舞台は全国で催されこれまで以上に幅広い世代に能学が楽しまれる機運となっています。

大槻さんは、古典だけでなく、新作能や復曲に精力的に取り組んでいる。現在でも全国にわたって能楽界を牽引する。
鑑賞前に、まずは物語を知る。
その上で主人公の思いを感じ取る。

初心者が能楽を楽しむ方法を伺ってみると“映画と違って事前にストーリーをわかってないと面白くない”と大槻さんは言います。シテ(主役)、ワキ(シテの相手役)ツレ(シテ、ワキの助演者)が基本の登場人物、物語も決まり事も単純明快なため、知った上で鑑賞するのがおすすめだそう。
「奇抜なストーリーはほとんどありません。シテがワキの夢の中で語り、そのワキの夢を観客も一緒に観るという。どうなるかは分かっているけれど、ここはこういう気持ちになってそうなったんだ……と感情を読み取る。内容としては、主人公の思いの露呈ですからね。主人公の思いと一緒になって語りを聞くことで面白さが出てきます。とはいえ、演目を選べばアクションがあったり、ストーリーが画期的なものもあるので、初心者の方はそういったものを選ばれても良いかもしれませんね」。
700年続く能楽には、普遍的な人間の心理が表現さているとも大槻さんは言います。
「応仁の乱で京都が焼け野原になった後も続いているわけですからね。なにか人に訴えかける力、人が心に感じるとるものがあるはず。また、観られる方でいろんな感じ方があるわけです。それが一つの魅力だし、続いている要因でもあると思います」。

2024年10月に大阪NOHフェスタとして大槻能楽堂で開催した「羽衣」の一場面。市内の3つの能楽堂とも魅力を発信する活動を行う。
人間の思いの普遍性を描く能学は、
年齢と共にその面白さに変化が

能楽というと、豪華な装束、謡や囃子の美しい響きが魅力の一つでもありますが、演者が表現する人間の内面や精神を感じ取ることが醍醐味でもあります。現代では、能楽の礎を築いた世阿弥が書いた『風姿花伝』をビジネス書や哲学書として、愛読する人も増えています。
「 “初心忘れるべからず”という言葉は、世阿弥の言葉ですね。老年になっても初めてのことをやる時には、初心の頃の失敗を忘れないでいなさいってことですね。逆にうまくいったこともです。世阿弥の言葉は、その時その時によって大事な言葉が浮かびますね。能とは心の中にある深いものを語るもの。深層心理を人は持っているけれど日頃は表に出てこない。でも本当は深い想いみたいものがあるはず。そこを抽出して拡大鏡を当て作品が出来上がります。私自身も作品をずっと見つめて、深く読む、そうすることで作者の意図を感じ取ることができ表現ができる。年齢と共に演じる方の演技も変わりますし、観る方の感じ方も変わる。同じ作品でも20代と30代で見え方がきっと変わりますよ」。
“作品を通して何を訴えるか、毎回が作品と自分との戦い”と語る大槻さん。人間国宝による内側から溢れ出る美しさや情念を表現した舞台は、まさに大阪が世界に誇る伝統芸能。
「能楽は一度ではなく何回か観て欲しい。人生を重ねることで、理解できる量も増えより深まりますから」。

なにわのみやと私

難波宮で能舞台を催したことも。
この街にも自然と、日本の音が聞こえて欲しい。

「この辺りで育った私の想いとしては、もっと今の人たちも日本の音に触れて欲しい。私の幼い頃は鼓や三味線を練習する音が自然と街に聞こえていましたけど、今や習う人も少ないしコンクリート建築で音が聞こえてこない。ピアノやバイオリンは日本の音じゃないですからね。子供の頃に日本の音を聞いていると、日本芸能を観た時に違和感がなく没入できると思うんです。この辺りでも、日本の音に馴染める機会があるといいですね。そして、ここは上町という名前の通り、地表が高くて大阪高島屋の5階と同じくらいの標高。古代には、難波宮のすぐ側まで海だったそうで、地盤がいい場所なので、宮廷や城も建立されたんでしょうね。そんな場所にできたなノにわは、毎月いろんなものが催されたり、人が公園のように集まったり、食事したり、散歩したり、くつろげる場所になるといいですね。30年ほど前に難波宮の大極殿跡で、能の公演を催したことがありますが、協賛者がいればまたできるかもしれませんね」。

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