なにわのみや発見マップ

大化の改新の舞台ともなった都の跡地であり、大阪城を目前にした難波宮跡公園内にある『なノにわ』のある周辺は、
現在も文化、食、芸術を日本や世界へ発信する作家や職人、芸術家が集まる街でもあります。
この地域を拠点に活躍する素晴らしい「街の人」の話から、難波宮周辺の魅力を再発見してください。
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江戸時代より大阪に続く
完全循環型を実践する
老舗箱屋

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箱屋常吉

店主笹井 雅生さん
絵里さん

1868年創業、大阪最古の箱屋を2007年に5代目として受け継いだ笹井雅生さん。2018年に自社ブランド[箱屋常吉]を立ち上げ、2022年には妻・絵里さんが代表となり、社名を株式会社箱屋常吉と改名。現在は、大阪のアンテナショップを絵里さんが切り盛り、和歌山の製造所と大阪のお店を行き来しながら雅生さんが弟子と共に商品作りを行なっている。
  • Photo : わたなべよしこ
  • Edit & Text : 長瀬 緑
お弁当箱に使われる木は、「日本三大人工美林」と呼ばれる吉野杉や近隣の国産杉を使用。店頭には、木で作られたバッグやアロマ用品なども並ぶ。
大阪最古の箱屋として、
苦難を乗り越え、原点回帰。

初代・笹井常吉が江戸時代末期から始め、明治元年に屋号[箱常]として大阪土佐堀に創業。その後、大阪府内で拠点を転々としながら、現在は5代目・笹井雅生さん・絵里さん夫妻が谷町六丁目にお店を構えています。江戸時代より現在に続く古参の菓子舗[鶴屋八幡][高岡源福信]や、料亭[船場吉兆]へも箱の卸しをしていた大阪で最も古い杉箱商でしたが、これまでの道のりはそう簡単なものではなかったと雅生さんは話します。
「先代は70年代の万博景気もあって、贈答用の使い捨て包装資材を大量生産していたんです。当時は箱徳、箱吉などと暖簾分けした箱屋が大阪に約50軒あったほど箱の需要がありました。その後も、1円でも安く作るために、中国から材料を仕入れ、人件費も削って……と価格競争・大量生産をしていたんですけど、結局頭打ちやし、こんなことしててもあかんって。そうして2018年、妻が長年勤めていた会社を辞めて家業に加わることになり、卸業中心から自社ブランドを作ることにしたんです。子供のころに使っていた木のお弁当箱を思い出して。当時は保冷剤もない時代。僕の木のお弁当箱は、プラスチックやアルミのものとは違って通気性も殺菌効果もあるからいつまでもおかずをおいしく食べられたんですよね。今、思い出してもおいしかったなぁ~と思うくらい。それで、オリジナルブランドでは木のお弁当箱を作ろうって」(雅生さん)。
一時は中国産素材に頼っていたところを、すべて国産の木に切り替えました。そして、初代の名前からとった[箱屋常吉]として、2018年に自社ブランドを立ち上げオリジナルの木のお弁当箱作りは始まりました。

雅生さんは、2021年より環境や林業、箱屋の話を通して、未来に木の文化を繋げていくための「木の国 日本」プロジェクトも立ち上げている
食を入口にして、老若男女に
木の魅力を伝える直営店の誕生。

絵里さんが加わったことで[箱屋常吉]のお弁当は瞬く間に広まり、今では毎日数えきれないほどの「#tsunekichibox」をSNS上で目にします。
「角を丸くしたり、手触りを優しくしたり、蜜蝋を塗って少しでも長持ちできて美しい見た目にしたり、形も四角形や八角形などを増やしたり、試行錯誤で作りました。ここまで多くのお客様に広まっているので、その気持ちは裏切れないですよね。良い商品を作り続けたい!とモチベーションが上がります」(絵里さん)。
自社ブランド[箱屋常吉]が大成功し、商品が一度に見られる場所を構えようと2023年に現在の谷町六丁目に、創業以来初めてとなるアンテナショップを構えることになりました。
「お弁当箱と食は直結していると思うんです。だから、食の大切さを伝えることもしたいと思って、店内にはキッチンを設けました。子供の多い地域なので、ワークショップを通して子供が気軽に木に触れ、食の大切さを知るきっかけになれば。世代を問わずみんなが集まれる場所になったら良いなぁと思っています」(絵里さん)。
未来を担う子供たちこそ、木に触れて体感としていろんなことを感じて欲しいと絵里さんは話します。
「木のお弁当箱は、高価なものだし壊れるもの。だからこそ、モノを大事にする気持ちが養われると思うんです。生き物を飼う気持ちで、ちゃんと手入れしたら頑丈に育って痛みにくかったり、逆に無下に扱うとカビてしまって病気がちになったり。お弁当箱は愛情をかけた分、応えてくれて長持ちしておいしい食を提供してくれます。それって木にしかない機能で、琺瑯やステンレス、プラスチックにはないんです」(絵里さん)。

お店では箸作りや箱作りなどの木のワークショップを行なっている。おがくずは、酵素浴の材料としてリサイクル。
余すことなく木を使った
完全循環型のモノづくり。

2024年からは製作現場を、大阪から和歌山に移しました。念願のお店を大阪に構えた直後の決断、その理由が何だったのか……教えてもらいました。
「和歌山・すさみ町は山がすぐ側で林業が盛ん。やり取りや、大阪まで材料を運ぶことを考えたら人間が山に近づく方が早いでしょ。木の側という環境で製作することで生き物を扱っているっていう感覚もより一層強くなりました。以前は、産業廃棄物として端材を捨てていたんですけど、今は蒸留させてアロマにしたり、おがくずは米糠と発酵させて酵素風呂の材料にしたり。すさみ町で出た端材やおがくずはトラックで大阪まで運んで、酵素風呂で使用したおがくずは大阪からすさみ町まで持ち帰って畑の堆肥として使います。そして最後は畑で無農薬のおいしい野菜に生まれ変わるんです。製作現場をすさみ町に移したからこそできた、循環ですよね」。
今では、何一つ捨てることなく完全循環型のモノづくりを体現しています。最後に雅生さんは、子供たちの未来のためにも叶えてみたいことを話をしてくれました。
「豊かな森林資源があるにも関わらず日本では、輸入の外材に7割以上を頼っているのが現状。日本全国ですべての小学校生が国産の木のお弁当箱を使うだけでも、山の木が切られ間伐されることで森林がうまく循環すると思うんです。花粉症も、土砂崩れも山の木々をほったらかした人間のせい、ある意味人災ですからね。全国が無理でも大阪だけでも、行政が主導になって小学校に入学したら木のお弁当箱をプレゼントして欲しいですよね。『大阪の子供達は全員が木のお弁当箱を使っています』とかカッコいいやん。そのためなら僕、尽力しますよ」。

なにわのみやと私

難波宮やなノにわの大きな庭を利用して、
木の循環を体感してもらうことができると思います。

「私は難波宮の何もないところに魅力を感じますね。何もないからこそ太古に思いを馳せて、難波宮に立つとタイムスリップしたような気持ちになります。外国の方にも大阪城だけじゃなくてもっと歴史の古い難波宮についても知ってもらいたいですね」(絵里さん)。「施設と共に大きな庭を備えたなノにわなら、その庭スペースを利用して循環する木を体感で知ってもらえると思います。例えば、お弁当箱の販売ブースがあって、その隣におがくずで作った酵素浴の足浴コーナー、そしてその酵素浴に使用したおがくずと米糠の堆肥で育った野菜を販売して、その野菜で料理を作ってもらって、その料理をお弁当箱に詰めて、お庭でピクニック。ゴミはおがくずを使ったコンポストに……まさに木の循環ですよね。気軽に楽しく、体感できるし実現したら面白いですね」(雅生さん)。

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